1915年

ロサンゼルスで映画『國民の創生』が世界初公開。

D.W.グリフィス監督の映画『國民の創生』がロサンゼルスで初上映された。
1915年2月8日、アメリカ・ロサンゼルスのクラベン・シアターでD.W.グリフィス監督の長編映画『國民の創生』(The Birth of a Nation)が世界初公開されました。この作品は映画技術の革新としてカメラの多様なアングルや編集技術、 大規模なエキストラ動員を駆使し、表現手法に大きな影響を与えました。一方で人種差別的な描写やクー・クラックス・クランの美化が論争を呼び、社会的・文化的議論を巻き起こしました。興行的には大成功を収め、アメリカ映画産業の発展に寄与した一方、作品のテーマは批判の対象となり続けています。
1915年 ロサンゼルス 國民の創生
1946年

「改訂標準訳聖書」の最初の部分が出版される。

日本語版『改訂標準訳聖書』の最初の巻が刊行され、聖書の現代的翻訳が一般公開されました。
キリスト教の聖典である聖書をより分かりやすく伝えるため、既存の訳文を現代語に改めた翻訳作業が進められていました。 1946年2月8日、その成果として『改訂標準訳聖書』の最初の部分が出版され、信者や研究者の関心を集めました。 この翻訳は原典に忠実でありながら、日本語としての自然さを重視した点が評価されました。 戦後の混乱期において精神的支柱を求める人々にとって、新しい訳聖書は大きな意味を持ちました。 以降、段階的に全巻が刊行され、広く普及しました。
改訂標準訳聖書
1950年

画家の丸木位里・俊夫妻が『原爆の図』を発表。

丸木位里・俊夫妻が原爆被害を訴える連作『原爆の図』を初公開しました。
1950年2月8日、夫婦画家の丸木位里・俊が共同制作した連作絵画『原爆の図』を発表。 被爆地・広島を訪れた際に受けた衝撃をもとに、原爆の悲惨な光景を鮮烈な筆致で描写しました。 全11図からなる大作で、被爆者の苦しみや廃墟の惨状が克明に表現されています。 展覧会は大きな反響を呼び、平和を願う芸術表現として国内外で注目を集めました。 その後、反核運動との結びつきも深まり、社会に強いメッセージを投げかけました。
1950年 丸木位里 原爆の図
1958年

日本劇場で、第1回日劇ウエスタンカーニバルを開催。後のアイドル時代の魁となる。

1958年、日本劇場で初開催された日劇ウエスタンカーニバルは、戦後の大衆文化における新しい音楽ショーとして注目を集め、後のアイドルブームの先駆けとなりました。
1958年2月8日、日本劇場にて第1回日劇ウエスタンカーニバルが開催されました。 このイベントは、カントリーミュージックやダンスを取り入れた演出で当時の若者の支持を集め、テレビ番組や雑誌で大きく取り上げられました。 出演者には当時無名の新人歌手やダンサーが揃い、その後のアイドル文化の原点とされます。 興行的にも成功し、以降毎年開催される定番イベントとなりました。 日本のエンターテインメント史において、新しいステージショーの可能性を示す重要な転機となりました。
1958年 日本劇場 日劇ウエスタンカーニバル アイドル