1917年

第1回ピューリッツァー賞が発表される。授与式は6月6日。

アメリカで初めてピューリッツァー賞が発表され、ジャーナリズムと芸術分野を顕彰。
1917年6月4日、第1回ピューリッツァー賞が発表されました。ピューリッツァー賞は新聞事業者ジョセフ・ピューリッツァーの遺志を継ぎ、ジャーナリズム、文学、音楽などの分野で優れた業績を顕彰する権威ある賞です。発表された受賞者には新聞記事から劇作品、教育報告まで幅広いテーマが含まれていました。受賞式は6月6日に行われ、以降毎年継続されています。アメリカのメディア界と芸術界に大きな影響を与え、国際的にも高い評価を得る賞として知られています。
1917年 第1回ピューリッツァー賞
1961年

日本テレビでバラエティ番組『シャボン玉ホリデー』の放送開始。

1961年6月4日、日本テレビでバラエティ番組『シャボン玉ホリデー』の放送が始まりました。 視聴者に笑いと驚きを届け、後のバラエティ番組に大きな影響を与えた長寿番組です。
1961年6月4日、日本テレビで番組『シャボン玉ホリデー』の放送が開始されました。 当時のテレビ番組は堅い構成が主流だった中で、自由なコントやゲストトークを取り入れた画期的な番組でした。 初回は隔週放送からスタートし、視聴者の反響を受けて毎週放送に移行しました。 司会の坂本九やザ・ピーナッツなど人気タレントがレギュラー出演し、番組を盛り上げました。 番組名の由来ともなったシャボン玉の演出は子供から大人まで幅広く愛されました。 約20年間にわたり放送が続き、以後のバラエティ番組の原型を築きました。
1961年 日本テレビ シャボン玉ホリデー
1973年

この日発売の週刊少年ジャンプにて、中沢啓治による広島原爆をテーマとした漫画「はだしのゲン」の連載が開始(以後、掲載誌を変えながら1985年まで連載が続く)。

1973年6月4日、週刊少年ジャンプで中沢啓治の『はだしのゲン』が連載開始。 作者自身の体験を背景に、戦争と平和のメッセージを強く伝えた作品です。
原爆投下から28周年を迎えたこの日に、広島の被爆体験を題材にした『はだしのゲン』の連載がスタートしました。 作者の中沢啓治は自身も被爆者であり、詳細かつ生々しい描写で原爆の悲惨さを訴えました。 物語は主人公の少年・源の視点で戦後復興期の広島を描き、家族や地域との絆を通じて人間の尊厳を描写します。 掲載誌を変えながら1985年まで連載され、コミックス化後も多くの読者に支持されました。 教育現場での反戦・平和教育の教材として採用され、国内外で高い評価を受けました。 舞台化やアニメ化など多彩なメディア展開が行われ、現在も平和の象徴として読み継がれています。
1973年 週刊少年ジャンプ 中沢啓治 広島原爆 はだしのゲン 1985年
1999年

短編映画祭の「ショートショートフィルムフェスティバル」が東京・表参道で初めて開催された。

東京・表参道で初開催された短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル」。
1999年6月4日、表参道の会場でアジア最大級の短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル」が初めて開催された。 国内外から多彩なジャンルの短編作品が集まり、新進監督や学生作品が注目を浴びた。 以降、同映画祭は国際的な映画祭へと成長し、多くの映画関係者や観客を魅了するイベントとなった。 映画産業の裾野を広げる登竜門として、日本のショートフィルム文化を牽引した。
1999年 短編映画 ショートショートフィルムフェスティバル 表参道
2016年

2.5次元アイドル「すとぷり」が結成

2016年6月4日、2.5次元アイドルユニット「すとぷり」が結成されました。
「すとぷり」は、歌ってみたや実況動画などの配信を中心に活動する6人組のオンラインアイドルユニットです。2016年6月4日に結成され、メンバーそれぞれがYouTubeやニコニコ動画で人気を博しました。独自の世界観とファンとの交流を重視し、ライブやグッズ展開も精力的に行っています。キャッチーな楽曲とカラフルなビジュアルが特徴で、若年層を中心に支持を集めています。結成以降、CDリリースや全国ツアーも成功させ、2.5次元カルチャーの代表的存在となりました。
2016年 すとぷり